【感想・書評】『最後の秘境東京藝大 天才たちの~』二宮敦人

【感想・書評】 『最後の秘境東京藝大 天才たちのカオスな日常』 二宮敦人

こんにちは。

今回は、

【感想・書評】『最後の秘境東京藝大 天才たちのカオスな日常』二宮敦人

というテーマです。

最後の秘境東京芸大 天才たちのカオスな日常
二宮敦人
新潮社

日本の学問の最高峰が東京大学なら
日本の芸術の最高峰が東京藝大

藝大を芸術会の東大

藝大を芸術会の東大と言ったりするそうなのですが

東京大学なら最難関の理科三類が大学入試の最難関として知られています。

各都道府県のトップクラスの秀才が集まる場で、平成27年の志願倍率が4.8倍と、難関の名にふさわしい倍率。

一方、東京藝大の最難関である絵画科は17.9倍と80人の枠を1500人で挑む。

ちなみに東京マラソン2019の一般倍率は12.1倍。
同じ最難関でも、完全に運ゲーの東京マラソンの抽選とは違い

藝大の入試は実力社会だということ。

話を戻して、この難関校を志す人は、自分の目指す美術や芸術の才能や情熱のケタが違う人が集まる場所で、それゆえに並外れた人間が集まっています。

いわゆる技術や才能が抜けていて、考え方や価値観のベクトルがいい意味でとっ散らかってるはずで、絵に描いたような多様性が存在する場所です。

よって、同じ事象を面白い価値観や見たことのない切り口、知らない考え方を著者のルポという文字表現を通じて疑似体験できるというのが楽しみで購入しました。

普段読んでいる、知識やノウハウ系の本は、何かを習熟したりなどの大まかに同じ方向性の着地点を目指すという前提で本文が展開されていきます。

ところが今回の『最後の秘境東京藝大 天才たちのカオスな日常』では、最初から多様性を前提にした現場について書かれています。

学生さんひとりひとりの強烈な個、藝大としてのおおきなひとまとまりの個が、あからさまに際立って光り、ギラギラしています。

多様な価値観を垣間見ることができる

著者である二宮敦人さんの奥様が現役の藝大生だったということで、日常に転がっている芸術の空気や異なる感性から、「とにかく妻が、面白いのだ。」

といい、藝大について調べたり話をきいたりしたものがこの本です。

読書の面白いところは何かといわれると、

知識や経験、事象などを文字で知識として体験できること

そして仮に、他人の価値観を『めがね』に置き換えるとしたら

他人の『めがね』を観察できること

他人の『めがね』で世の中を観察できること

こういった点が本当に読書の醍醐味でおもしろいなと個人的に思っています。

そして、上記のような読書の醍醐味を体験することにおいて、藝大という環境と藝大と藝大の人について書かれたこの本は価値観の『めがね』を楽しむことにおいて楽しむ点に事欠かない一冊だと言えます。

ちなみに僕は芸術はまるで頭に入ってきません。

美しい作品や風景を見て、なんか美しいんだろうな。

といった感じで、著者の二宮さんと頭に浮かぶ感想はあまり変わらないと思います。

音楽と美術が同居する藝大

東京藝術大学の特徴として、音校と呼ばれる音楽学部と美校と呼ばれる美術学部の両方を擁し、それぞれのジャンルにおけるいわゆる天才が、音校と美校でまったく雰囲気の違う出で立ちの学生さんが存在し、全く違う空気を醸し出しています。

音校と美校では、文化が全く異なります。

音楽は演奏と演者の両方をみられる
美術は作品をみられる

音楽では演者の宣材写真を撮る
美術では作品のポートフォリオをつくる

音楽は一過性の芸術
美術は残る芸術

祭りなどの催しは自前でお手製

楽器は手の中に家があるようなもので預かるには精神的に荷が重すぎる

手指は商売道具、洗い物やスポーツなどのリスクは徹底的に避ける

なんでも作る人たちと
洗い物さえリスクとして回避する人

なんでも自前で飲み会をする人
鳩山会館で同窓会をする人

全くもって普段交わらないはずの人たちが同じ学校に通うというのが藝大という場所。

天才が集まるところというだけあって、熱量も本気度とてつもない。

藝大に限らず、他の音大美大を目指して芸術で食べようとする人は総じてそうなのかもしれませんが、とにかく熱量がすごい。

受験で肩を壊してピアノを断念したり

三浪くらいは当たり前だったり

はたまた今後の選手生命の活動期間を考えて他の大学を出てプロとして活躍する人もいる。

入試に関しても、やはりひと味違うようで、

センターはあってもあまり重視されず

正答が一割でも合格する人は合格し、あくまで実技が重要だったりします。

また、その実技試験もかなりのものだったりして、住む世界の違いを感じるような試験内容が語られています。

中の人たち

ところで、これらの芸術の部門に限らず、スポーツなどでもそうですが、最高峰の舞台へとたどり着く人というのは、総じて幼少期から自分の分野に取り組んでいることが多く、その多くは親や周囲などの環境によって本人の意思に関係のないところで決まって、そのまま続けているという人が多くいます。

藝大生の中にも、やはりそういった人は存在していて、環境によって自分の現在取り組んでいる音楽などをやっているものの、実は本音では自分の本意ではないという人もいます。

中には育ててもらった親へ対する義理を果たすという意味で、卒業まで続けてそのあとはスパッとやめてしまう人もいます。

一方で、嫌々ながらに続けてきたものの、いざ離れようにも自分にはそれしかなかったということに気付いてしまって、対象との向き合い方を根本から見つめ直す機会になる人もいたりでさまざまだったりします。

ピアノが嫌いだけどピアノから離れることができず、一方で生きがいでもあるというジレンマめいたものになってしまったりもします。

みんな突き抜けている

全体を通して、藝大に通う天才たちの割とぶっとんだ日常なり、考え方が根本から違う部分や、ひとつひとつのエピソードに触れているとぼんやりと感じることがあります。

便宜的な言い方で熱量が普通の一般の人から見ると、

対象への熱量の注ぎ方や向き合い方や

そしてやっていることやエピソードひとつひとつが

ぶっとんでいたり、行き過ぎていて

たぶんマラソンの世界ではこういった突き抜けた人を

敬意とか色んなものを込めて

ヘンタイ

と呼んでたりしていて

熱量にリスペクトしていたりします。

僕なんかぜんぜん何者でもないし大したことないんですが、

それでも走らない人からしたらフルマラソンや100kmや200kmを走るというのは理解できない、理解されないというところがある

一方で、ランニングにおいて実力がトップクラスの人や、壮大な取り組みをしている人をみて、理解が追いつかないことがあったりして

この本に出てくるすごい人たちを見ていると、

この理解出来ない感じ

この理解されない感じ

両方に遠く及ばないところから、少しだけシンパシーを感じる部分もあったりします。

みんなそれぞれ、自分が登っている山があるとは思います。

そんな中で、この本はどういった本なのかというと

他人が登っている山のてっぺんを見させてくれる本だと思います。

自分が登っている山からは見えない景色というのが垣間見えるという点では、とても興味深い本だったと感じました。

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