みちのく津軽ジャーニーランのコース解説④津軽の像~龍飛~三厩

みちのく津軽ジャーニーランのコース解説④津軽の像~龍飛~三厩

こんにちは。

今回は、

みちのく津軽ジャーニーランのコース解説④津軽の像~龍飛~三厩

というテーマです。

この記事では、青森県弘前市から津軽一円を走って旅するみちのく津軽ジャーニーランという大会のコースについて解説しています。

みちのく津軽ジャーニーランに関する記事は下記です。

第4回みちのく津軽ジャーニーラン 記事用

純粋にルートのみの地図が欲しい方もいると思うので、そちらについては下記からどうぞ。

第4回みちのく津軽ジャーニーラン263K Googleマップ

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マップの左上の矢印つきボタンを押すと、スポットの一覧が出ます。

なお、2020年3月でルートラボのサービスが終了するということですが、こちらのGoogleマップをスマートフォンを介してGoogleマップのアプリで立ち上げると、ルートマップに自分の現在位置が反映された状態で閲覧することができます。

チェックポイント一覧(2019年第4回)

レースにあまり関係のない情報ばかり多くて、肝心のレースの解説が進まないこのシリーズですが、前回の記事では92.5km地点 C/P4:A/S 鰊御殿まで進みましたので、今回はその続きということになります。

97.6km地点 CP5 津軽の像記念館

鰊御殿から5.1kmの距離のCP5 津軽の像記念館はエイドはなくチェックポイントとして通過のみとなります。

太宰と子守のタケが数十年振りの再開をした場所で「津軽」のラストシーンを具象化した像が建てられています。その他、タケが思い出を語る映像や資料の展示。

小説「津軽」の像記念館 – 青森県中泊町

 小説「津軽」の像に隣接する記念館です。
 館内では、小説「津軽」の誕生から、小説「津軽」のたどった足跡、越野タケと太宰治の年譜、写真、思い出の品をパネルなどで解説しています。映像音声コーナーとして、太宰の合成音声、長女園子さんの映像や音声を自由に選択できるコーナーもあります。
 在りし日のタケの姿と太宰を映像でとらえたビデオシアター、タケが太宰との思い出を語る映像などもあり、小説「津軽」にまつわるものを展示しています。

小説「津軽」の像記念館 – 青森県中泊町

200Kの部で来たときは真夜中のエイドでしたが、177Kでは経由がなくなりました。

263Kではほとんどの人が日の出以降になります。

開館は9:00なので一部の人は中に入ることが可能です。

ファミリーマート小泊店以降、次のコンビニはファミリーマート 外ヶ浜三厩店までしばらくの間ないことと、道の駅こどまり「ポントマリ」がでまともに準備ができる場所は終わりと考えて差し支えないので、ある程度しっかりとした準備が必要であるといえます。

114.6km地点 AS 眺瞰台

なぜそんなことをいうのかというと、

眺瞰台にもエイドはありますが、天候が崩れているとちょっと休むのは厳しいというのもあるので、落ち着いて休めるのは平地のポントマリが最後になる可能性があります。

第3回の263Kの際に龍飛崎へ向かって登っていたときは小泊まではカンカンに晴れていて、暑くて暑くて今日やばいなこのままだとと思っていた矢先に、眺瞰台あたりで暴風雨で雹が降るというハプニングもありました。

で、眺瞰台ですがここではチェックポイントは無しで、エイドのみとなります。

龍飛崎とその先のエイドまで約8km程度ですが、長いつづら折りの登りで歩く距離が長くなることが多く、体感時間は長くなりがちになると思います。

眺瞰台は天気さえよければ見晴らしが最高なのですが、前述のとおり急にくずれたりすることもあったり、標高が高いことからモヤがかかっていたりすることもあるので、天気が良くて見晴らしがいい場合はラッキーとしましょう。

このあたりの登り全般は車で走っている分では猿などの野生動物に遭遇します。

もし歩行走行中に遭遇した場合には注意が必要です。

122.3km地点 龍飛崎

最高標高である眺瞰台から下に見下ろすことになる龍飛崎ですが、近いようで結構距離があります。

『津軽海峡・冬景色』で有名な青森県の龍飛崎(竜飛崎)周辺は、「日本の秘境100選」に選ばれた、知る人ぞ知る観光スポット。青森駅からのアクセスは電車とバスで約2時間。しかも接続は1日4回しかありません。

しかし、龍飛崎はそんな苦労を後悔させません。各メディアで話題の「階段国道」に、絶景スポット「龍飛崎灯台」、太宰治も宿泊した「旧奥谷旅館」など、数多くの魅力があなたを待っています!

青森「龍飛崎」で津軽海峡の秘境を観光!階段国道に旧奥谷旅館も

青森駅からのアクセスは電車とバスで約2時間だそうですが、ランナーにはあまり関係のない情報かもしれません。

この周辺だけで脚が元気なら色々歩いて見て回りたいポイントが多いところではありますが、距離的にはまだ折り返し手前。

龍飛埼灯台

龍飛、龍飛崎、龍飛岬、竜飛、竜飛崎、竜飛岬

施設や建物によってその表記がいろいろ異なる龍飛ですが、龍飛埼灯台は龍飛埼のようです。

毎回書く度にググっているのですが、正直なところ毎回間違えていないかおそるおそるです。

津軽海峡越しに見える北海道や、日本の灯台50選に選出されている灯台に、石碑や階段国道など見所満載ですが、いかんせんつづら折りの後で脚が。

碑の丘

龍飛埼灯台の向かい側の高台は

「碑の丘」と呼ばれています。

この丘には龍飛岬を訪れた

文人墨客の文学碑や詩碑が建立されており、

散策ルートとして人気があります。

碑の丘 | 龍飛岬観光案内所 龍飛館
  • 吉田松陰詩碑
  • 大町桂月文学碑
  • 川上三太郎句碑
  • 佐藤佐太郎歌碑

吉田松陰詩碑( 碑の丘 )

吉田松陰が東北遊学の際、算用師峠にて作った詩碑が碑の丘に建てられています。
詩碑には

「去年の今日巴域を発す楊柳風暖かに馬蹄軽し 今年北地更に雪を踏む寒沢三十里路行き難し 行き盡す山河万の夷険滄溟に臨んで長鯨を叱せんと欲す 時平かにして男子空しく慷慨す誰か追ふ飛将青史の名」

と刻まれています。

この東北遊学の旅で吉田松陰と宮部鼎蔵は龍飛埼には訪れていなのですが、津軽半島に訪れた事を顕彰し龍飛崎の碑の丘に詩碑が建てられました。

龍飛漁港太宰治文学碑

漁港の方へ降りてきて、コースの進行方向と反対方向へ少し進むと、龍飛漁港太宰治文学碑があります。

「ここは、本州の袋小路だ。読者も銘肌せよ。諸君が北に向って歩いている時、その路をどこまでも、さかのぼり、さかのぼり行けば、必ずこの外ヶ浜街道に到り、路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼれば、すぽりとこの鶏小舎に似た不思議な世界に落ち込み、そこに於いて諸君の路は全く尽きるのである。」

と刻まれています。

旧奥谷旅館

太宰治が「津軽」執筆の折、親友N(中村貞次郎)君と泊まった宿。
 持ち主である奥谷福太郎氏と隣接する土地の人達により外ヶ浜町へ無償譲渡され、平成20年4月「龍飛岬観光案内所」として生まれ変わりました。
 太宰をはじめ数多くの作家や画家の筆跡が残る宿帳や、当時の龍飛にまつわる記録資料、著名人がしたためた色紙や作品など、貴重な文化遺産を展示。太宰が泊まった部屋も復元・公開されてします。

龍飛岬観光案内所(旧奥谷旅館) – 太宰ミュージアム

階段国道

日本で唯一の車両が走れない階段国道として、メディアなどに出ることもあったりしてご存じの方もいると思います。

一時は国道から格下げになるとかならないとかといった話もあったようですが、これまでもこれからも変わらず階段国道として名所でありつづけていただければと思います。

ここの階段を下るとすぐにエイドである龍飛地区コミュニティセンターです。

竜泊ラインでの長いつづら折りの登りで、長い時間にわたり働いてくれた大腿筋に下りの着地がいい感じに響きます。

この階段国道だけではないのですが、ここの区間もまた猿が群れで生息していて、ほんの数メートルくらいの距離のところにいたりもします。

これまでの岩木山越えや竜泊ラインで遭遇する猿よりも圧倒的に数が多いのに驚きます。

津軽海峡冬景色歌謡碑

有名な石川さゆりさんの名曲「津軽海峡・冬景色」の歌謡碑です。

「ごらんあれが竜飛岬北のはずれと…」と2番の歌詞とともに最果て感が醸し出されます。

青函トンネル記念館

昭和63年3月に開通した青函トンネルの完成についての展示と当時の作業状況を垣間見ることができます。

開通当時ぼくは小学生で、海底のトンネルを電車が走るということが想像もつかないことで、ドラえもんのような話だと思ったという記憶があります。

ケーブルカーで海面下に降りると行くことができる体験坑道は、実際の作業坑の一部を体験することができます。

興味があったので入館してみましたが、海面下の坑道を自分の足で歩くというのは不思議な感覚でした。

122.9km地点 CP6:A/S 龍飛地区コミュニティセンター

階段国道を降りてすぐのところのエイドになります。

屋内で横になることができるというのが非常にありがたいという記憶でいっぱいです。

実は第3回の263Kのときは、このあたりは眠いし痛いし雹にあたって寒いしやたら辛かったんですが、ここのエイドで少し寝たら気持ちだけは元気になりました。

ウルトラでの眠気は本当にキツいということを思い知った反面、眠気がなくなれば頑張れるというのも実感しました。

ここの関門が閉まった以降から二晩目の夜通しへの夕方が徐々に始まっていくことになります。

しばらく津軽半島をなぞるように海岸沿いを走っていくことになりますが、日本海側の海岸沿いと少し雰囲気が違うのが、これまでよりもさらに漁村感が増してくることと、民家との距離がやたら近い区間があって、住民の方からとても不思議そうな視線を間近に向けられる機会があったりします。

吉田松陰 東北遊学の旅

吉田松陰の東北遊学の旅の際に津軽半島をたどったという記録があるということで、実はそのゆかりの地というのがコース上にいくつかあります。

「青森県歴史街道の図」の碑だけはコースから離れてしまって青森市の青い海公園になるのですが、それ以外についてはほぼコース周辺にあるので、もし松陰ファンのウルトラランナーがいたら、マラソンと松陰先生の足跡をたどることもできる楽しみ方もあります。

吉田松陰 東北遊学のゆかりの地は上の地図にマークしてあるので、興味のある方はチェックしてみてください。

  • 吉田松陰詩碑(龍飛崎 碑の丘)
  • みちのく松陰道登山口(算用師峠)
  • 松陰くぐり(今別町大字大泊)
  • 松陰顕彰碑 (袰月海岸鋳釜崎)
  • 高野崎
  • 平舘台場跡
  • 「青森県歴史街道の図」の碑(青い海公園)

吉田松陰は、長州藩の武士であり、幕末の維新志士を多く育てた思想家です。
松陰は、若かりし時分、ロシア船の北方出没を知りその防備を確かめるため、嘉永4年 (1851年)12月14日 (陰暦)に、脱藩覚悟で宮部鼎蔵と共に江戸から140日間に及ぶ東北遊学の旅に立ちました。江戸出発から嘉永5年(1852年)4月5日江戸へ帰るまでの視察状況を記録したのが『東北遊日記』です。その中には、津軽半島(三厩、今別、平舘、青森)をたどったという記録があり、上磯地域も通行しました。
ここでは、吉田松陰がたどった上磯ゆかりの地を紹介します。

吉田松陰のたどった上磯の道|青森県庁ウェブサイト Aomori Prefectural Government

134.9km地点 CP7:A/S 三厩体育館

三厩(みんまや)と珍しい地名ですが、その由来は義経にあるといわれています。

源義経は,頼朝に追われ奥州衣川館で自刀したことになっているが,実は義経は死んでおらず,津軽海峡を越えて蝦夷に逃がれて生き延びた,という“北行伝説”がある。

伝説によると,義経は藤原泰衡に急襲される前に平泉を脱出し,津軽半島の先端に近いこの地に辿り着いた。しかし強風により船に乗ることができず,足止めと なった。困り果てた義経は,大きな岩の上に守り本尊の観音像を置き,3日3晩経を唱えた。すると白髪交じりの仙人が現れて3頭の馬が与えられ,無事に蝦夷 まで辿りつくことが出来た。

その巨岩には3つの岩窟があることから3頭の馬の厩だったとされ,“三厩”の地名の由来となったと伝えられる。“厩石”の説明板には次のように書かれている。

三厩村名発祥之地 – 発祥の地コレクション

ちなみに、外ヶ浜町では毎年山の日に龍飛・義経マラソンという大会を開催しています。

龍飛・義経マラソン2019 – RUNNET ランネット・大会ガイド&エントリー

第4回大会でA/Sとなった三厩体育館ですが、残念ながら第4回は選手としては参加しておらず、下見で通行しているだけなので特にお伝えできることがなくて申し訳ないです。

エイドでも補給できますが、向かいのファミリーマート三厩店で物資の補給などもできることもあり、拠点としてはかなりいいポイントだと思いました。

ちなみに第3回ではここのエイドではなく、今別町のふれあい文庫の駐車場スペースでのエイドで、ここで食べたカップ麺がやたら美味かったというのがとても印象的な出来事でした。

東津軽郡・外ヶ浜町と今別町

外ヶ浜町は今別町を挟んで飛び地となっています。

三厩村・蟹田町・平舘町が2005年(平成17年)に外ヶ浜町として合併しました。

古来の地名としては外が浜(そとがはま)として、青森県東津軽郡・青森市に相当する地域の陸奥湾沿岸を指していました。

現代の区分では青森市・蓬田村・外ヶ浜町・今別町・平内町にほぼ相当する地域名でもある。外ヶ浜、外浜とも表し、外の浜ともいう。

外が浜 – Wikipedia

津軽海峡沿岸には古くからアイヌ民族が居住していたという記録があったりして、北海道ほどではありませんが地名にもアイヌ語を語源にした名前がたくさんあるとされています。

龍飛もアイヌ語のタム・パ(tam-pa 刀の上端)からの転訛(てんか)で、「突き出た地」の意味だという説があったりします。

ということで今回はここまでで、たぶんあと1回か2回で完結できると思います。

この先は263Kコースの2回目の夜を迎える時間帯になり、眠気や疲労のキツい時間帯になることと、徐々に関門アウトやリタイアとなってしまう方が増えていくあたりになっていきます。

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