『逃げる自由〈諦める力2〉』書評【読書記録】物の見方を変えて苦しみから脱出する

こんにちは。

今回は

『逃げる自由〈諦める力2〉』書評【読書記録】

というテーマです。


逃げる自由〈諦める力2〉
為末大
プレジデント社

タイトルどおり 『諦める力』の続編

ベストセラーとなった前作『諦める力』の続編として出されており、それに伴ってタイトルも『逃げる自由〈諦める力2〉』と、前作を絡めています。

著者本人曰く、アスリートらしくないタイトルとして出版してベストセラーとなったのが諦める力。

この本で際立ったコンセプトは

努力が必ずしも報われるわけではない

夢か必ず叶うわけではない

だけど努力することは誰も咎めないし、むしろ美談として賞賛すらされる。

賞賛はすれど、周囲は本人が夢破れたところで責任は取らないという現実。

最終的に、競技で夢を純粋に追い続けたアスリートが、夢を諦めたときには社会を生きる術を知らないまま、それを学ぶ機会やチャンスを逃し、就職も新卒や準新卒の時期を逃すと不利になる。

スポーツメディアの中で活躍出来るのはアスリートよりも狭き門で、なおかつ引退する元アスリートは毎年増える。

こういったアスリートのセカンドキャリアの進み方やセカンドキャリアへの準備への知識を育てる機会の問題。

そして、諦めず頑張ることが美しいとされる風潮と、諦めず頑張って芽が出たり、スポットライトが当たって、それがセカンドキャリアへつながるきっかけになる人がいる一方で、愚直に諦めず自分が目指す方向へ突き進んで、芽が出なかった、勝つことが出来なかった人が存在するということ。

そして誰もがそうなる可能性あって、勝てないあるいは勝てる可能性が限りなく低いステージで戦って消耗して、成果が出ないままセカンドキャリア迷子になるよりも、少しでも勝てる可能性があるステージで戦うことを選択肢に入れるといった提案をしたものが前著でした。

実際に、為末さんは高校まで花形といわれる100mで陸上競技を始めてから日本のトップジュニアとして世代を牽引する存在だったのところから、将来的に100mで勝てる可能性が徐々に低くなってきていたことを感じて、400mハードルへと転向していき、メダリストになりました。

100mで勝つ可能性を諦めるかわりに、陸上競技を諦めるのをやめて、可能性を感じた400mハードルで戦い、登りつめたという実績があり説得力があります。

これを為末さんは『前向きな諦め』と表現して、目的さえ諦めなければ手段は諦めてもいいとして、メッセージを投げかけました。

実はアスリート以外の世界では、目的のために手段を諦めるというのは、全然ない話ではありません。

ただ、諦めず頑張ることが美しいとされ、諦めることが許されない世界に生きていたアスリートがこのメッセージを出したことは、ある意味衝撃的だったのではないでしょうか。

実際に、たくさんの反響が賛否両論あったようで、この出版以降、さまざまな相談と批判があったそうです。

今回の逃げる自由〈諦める力2〉では、前著の諦める力の出版以降、「諦めるということ」について為末さんに寄せられた相談や質問への回答をQ&A式にまとめている第1部と、漫画家やイラストレーター、エッセイストなどさまざまな肩書きを持ち、最新著書『「ない仕事」の作り方』のみうらじゅんさんとの対談形式で進行する第2部との2部構成になっています。

物の見方を変えるということ

陸上のプロ選手として世界で戦っていたステージから離れて、会社経営をしたりメディアで活躍するなど、活動の場が変わっても一貫して続いている挑戦は、これまでの「世界を変える」ということではなく「物の見方を変える」ことだと認識が変わったのではないかと自身感じている為末さん。

相談者の抱える悩みは、諦めちゃいけない、逃げちゃいけないといった、思わしくない現状と自分の理想の姿やあるべき状態との乖離についてのものが多いです。

それらに対して、「物の見方を変える」というスタンスから、前著でも感じたことではありますが、為末さんの膨大なインプットの断片を垣間見ることのできる、ひとつひとつの相談にマッチした例や引用を引っ張ってきて、丁寧かつ一貫した回答をされています。

読んでいてまさに、違う物の見方への動線を提案して、見方を変えることで今その人が悩んでいたり、逃げられない手放すことができない現状から、この本の意味し定義する逃げるということへの提案がされています。

もちろん逃げるといっても、バックレる的な意味合いのそれではなくて、解放や自由になるといったニュアンスにつながる逃げるです。

個人的にこの第1部で一番響いたのは、記憶に関する話でした。
どんな内容かというと、個人の記憶というのは「あるものをそのまま記憶」しているわけではないということです。

ではどう記憶しているのかというと、本文中の表現を借りると、

目の前のテーブルの上にコーヒーがあって、友だちがその向こうに座っているという光景をそのまま記憶するのではなくて、そのときの気分や話の内容から感じたことを人は記憶する。

という記述があります。

ここでものすごく面白いと思ったのが

そのまま記憶するのではなくて、そのときの気分や話の内容から感じたことを人は記憶する。

という点で、どういうことかというと、要はインプットするものをそのまま記憶するわけではないということで、インプットした事実や事柄を自分の感じたことという解釈や感情という形で一旦アウトプットしたものを記憶しているということです。

ちなみにこの章では、この記述を僕が受け取ったものとは違うことに使われています。

個人的に感じたことは、いろいろな記憶や学習に関する本を読んだ中での、インプットよりもアウトプット、情動記憶についてやインプットしたことを整理して想起するなどといったことと関連づいて、いままでの色々な点がより一層に線としてつながったという気になって、楽しく読むことができました。

第2部ではみうらじゅんさんとの対談形式ですが、

非アスリートで自信を精神は体育会系で肉体は超文化系と自称する

みうらじゅんさんに対して

メダリストでゴリゴリのアスリートだけど、精神は逆に文化系という

為末さん

まったく別の場所にいるこの二人がお互いの土俵のことを対談していく流れの中で、その畑の中にいるだけでは絶対に出てこないような疑問や考えというものがどんどん言語化されていきます。

新しい盲点が次々とあぶり出されるような対談で、全体を通してまさに「物の見方を変える」体験ができる一冊だと思います。

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